読んだ本

2010年8月19日 (木)

八甲田山から還ってきた男

 

 奈良への社員旅行をキャンセルしたので明日から3連休のケンです。こんなに暑いのに奈良なんぞ行ってられるか!!

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 お盆のときに読んだ本。(お盆といっても今年は土日の2日しか休みが無かったんだけど。)

 明治35年に行われた八甲田山雪中行軍を成功させた福島大尉の甥っ子さんが書かれた本。親族ならではで遺した手紙などがふんだんに使われています。

 八甲田山というと新田次郎の原作をもとに作られた名画「八甲田山」を史実と考えがちなのですがこれを読むとだいぶ映画のほうは脚色されてたのがわかります。勿論それで映画の価値がさがる訳でもないですが。

 具体的に書くと・・・

 ① 雪中行軍は成功させた弘前隊でいえば福島大尉(映画では高倉健)自らのたっての希望で行われた。

 ② 青森隊の神成大尉(映画では北大路欣也)と福島大尉の個人的な前打ち合わせはなかった。

 ③ 行軍中に青森隊と弘前隊が雪の八甲田でおちあう計画は無かった。

 ④ 青森隊はあくまでも山田少佐(映画では三國連太郎)の隊で神成大尉にそこまでの実権はもともと与えられていなかった。

 ⑤ 福島大尉は雪中行軍時点で独身だった。そして青森出身でなく群馬出身だった。

 等々。

 それにしてもこの行軍で弘前隊が踏破したコースは驚きの難コースですね。100年以上前の粗末な装備で最悪の気象状況のなか歩きとおした彼らに山仕事をしてる自分は素直に敬意を表したいです。明治の男は凄いな。

 好きな邦画で常々「八甲田山」を1位に推してる自分には文句無しの名著でした。

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 こう暑いとどこにも出かけたくありません。

 クーラーが効いた部屋で午後の紅茶のレモンティを傍らに本を読むのが一番の幸せ。

 やさぐれたレディも全くやる気がかんじられませんな。と打ってるあいだに来月合同誕生日パーティーが決まったんだって。いかったね。

 

2010年3月 3日 (水)

子殺し

 

 チリの地震、大変でしたね。

 チリは10代の終わりに行ったことがあります。1ヶ月くらいは居たと思います。あの頃はお金は無かったけど時間だけは無尽蔵にあったんで。

 当時のチリは軍事政権が終わった頃だったか戒厳令が解けた頃だったかでカービン銃で武装した兵士が普通に街に立ってました。長距離バスに乗ってると急に兵士が乗り込んできて乗客を調べだしたりして。今だったら怖いだろうなぁ。

 なんで日本の裏側のチリなんかに行ったかというと北極圏から始まった自分の旅のフィナーレをイースター島で迎えようと思ったからでした。でもサンチャゴに着いて旅行代理店でイースター島行きのチケットを買おうとしたらツアー客が買い占めてるので半年先まで予約が一杯と言われ、空便を少し待ったけど取れなくて結局チリ最南端の町プンタ・アレナスまで行きマゼラン海峡を見てエンドとしたのでした。

 空便を待ってる間はサンチャゴで1泊300円くらいのホテルに泊まってました。建物の中央に位置する部屋で回りがグルリと廊下に囲まれ窓が無く勿論トイレもシャワーも共同でした。夜になって気付いたけどそのホテルは売春宿で『変な若い東洋人が泊まってる。』と女の人の中で話題になったようで入れ替わり立ち代り女の人が部屋に遊びにきて暫く賑やかな日々を過ごしてました。あのホテルは鉄筋だったけど地震に耐えられたんだろうか!?

 昼間は毎日のようにホテルの女の人と築地みたいな市場に行ってました。市場の中にある立ち飲み屋みたいな店で新鮮な魚貝類と当時はまだ酒を飲んでたのでワインとか名前は忘れたけど酸味のあるシャンパンみたいのを浴びるほど飲んでました。チリの人には随分優しくしてもらったので自分は結構好きな国で98年の仏ワールドカップのときもサ・サコンビのチリを応援していました。地震の混乱が早く過ぎ去るようお祈りしています。

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 最近読んで面白かった本。

 週刊ゴングの編集長だった金沢克彦が書いた「子殺し」。ひらたく言えばアントニオ猪木本。

 大仁田の新日本登場から橋本VS小川の舞台裏、永田が何故ミルコとの戦いに挑んだのか!?等が猪木というフィルターを通して書いてあります。

 自分はこの時期のプロレス界はてんで疎いのですが、ここ10年テレビで見るカオスな猪木の表情から想像してた自分の中での猪木像とこの本に書いてある猪木が微妙にシンクロしてて読み応えがありました。

 「子殺し」というタイトルはショッキングですが個人的には腹が減ったので自分の足を食べて延命を計るタコを思い起こした一冊です。

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